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TOEIC 大学入学共通テストには参加せず

「大学入試英語成績提供システム」へのTOEIC® Tests参加申込
取り下げのお知らせ(IIBC公式サイト)

TOEIC、大学入学共通テストの参加取り下げ (日本経済新聞)

TOEICの実施団体IIBCが、「大学入学共通テスト」には参加しないことを発表しました。

あくまで、2021年1月受験者から実施の「大学入学共通テスト」に参加しないということです。現在多くの私立大学や、一部の国公立大学で「外部試験利用入試」として、英検・TEAP・ TOEICなどのスコアを利用した試験が行われていますが、こちらが現状維持であれば、それほど大きな影響はないかもしれません。

なお、そもそもTOEICは、大学生・社会人向けの「ビジネス英語」を意識した試験のため、高校生が受験するのは不向きです。

影響を受けるとすれば以下のようなケースでしょうか。

例)「英検準1級にギリギリ合格できそうだが、他の試験でチャンスを広げたい」
TOEICは「ビジネス英語」と先ほど説明しましたが、そうでもありません。
別に細かなビジネスの話が出てくるのではなく、職場でのやりとり、お客さんと店のメールのやりとりなどの、内容としては簡単なものです。
英検準1級を狙うくらいの高校生にとっては、割と取り組みやすい場合もあります。実際、中学生・高校生でハイスコアを取る人が、全体から見るとかなりレアですが、多くいます。
英検準1級相当くらいの力であれば、日程が被らなければ、受験料を払えるのであれば、あれこれ受けて、一番いいスコアが出たものを使う、という戦略も、無理のない範囲でアリではあります。
その時に、状況によっては、TOEICの優先度を下げる、という戦略は取る必要が出てきます。

いずれにしても、このTOEICの件そのものは、ほとんどの高校生にとって、影響はありません

基本的には、英検・TEAP・GTECなどの、旺文社・ベネッセ関連のものを選んで、タイミングが合えばぐらいのつもりで受験しつつ、通常の大学受験向けの英語の学習を進めるのが無難です。

高い英語力があり、TOEICに取り組んできた高校生は、TEAPやGTECでも、良いスコアが取れる可能性が高いので、TEAP・GTECに軸足を移しても対応に時間はかからないと思われます。

その他、いろいろ細かな変更は今後も出てきそうですが、まずは、土台となる学力をつけることが大切です。

なお、本当に注意して見ていくポイントは、「外部試験」の有効期間です。

現在の活用状況
2019年現在までの大学入試での「外部試験利用入試」でのスコアの有効期間は2年以内です。(大学により異なりますがおおむねこの基準です。)
実際の大学入試の時から遡って2年以内のスコアを活用できます。
現役高3生であれば、一番古いもので、高2の1学期のスコアが使えます。

2021年1月以降受験「大学入学共通テスト」
「大学入学共通テスト」では、1年以内になります。
高3生は、高3の時のスコアのみ使えます。
「大学入学共通テスト」では、高2以前のスコアは使えません。

では、高2のスコアは大学入試で一切使えなくなってしまうのか?
そこは、未定です。
「大学入学共通テスト」の基準に合わせるのか、
あるいは、現在の基準を維持するのか。
注意して見ていく必要があります。

システムが複雑化し、学生にとってフェアなのか大いに疑問ですが、
過渡期ではあるため、情報収拾もある程度必要になってきてしまっています。

教育とは?〜改めて意味を見直すと

こんにちは!
佐倉市の学習塾、一英塾勝田台校です。

今回は、「教育」という言葉の意味について改めて見直してみます。

 

 

そもそも教育とは何でしょうか。端的に言えば、「何かを教えること」です。では、辞書にはどのようにかかれているのでしょうか。見てみましょう。

「教育」とは「他人に対して意図的な働きかけを行うことによって、その人を望ましい方向へ変化させること。広義には、人間形成に作用するすべての精神的影響をいう。」(大辞林)。
「知識や技能の修得、社会人としての人間形成などを目的として行われる訓練。特に学校で行われるものを指す。」(新明解国語辞典)
「社会生活に適応するための知識・教養・技能などが身につくように、人を教え育てること。また、それによって身に備わったもの。(明鏡国語辞典)

いずれの辞書でも、「教育」とは、おおむね、「他人を」ある一定の「望ましい方向」に引っ張り、「何かを身につけさせること」としています。

まず、教育において、「必要な知識・技芸を身につける」ということは、問題ないでしょう。しかし、「望ましい方向」に持っていこうとする時に、この「望ましい方向」というものがなんであるのか、ということに、我々は注意すべきです。人としての望ましいあり方というのは、それぞれの時代や場所で変化します。また、個人の単位でも、それぞれの人のバックグラウンドで異なる部分もあります。「人間形成」「人として」という言葉を持ち出す時、定義が曖昧なまま、恣意的に用いてしまいがちです。曖昧なまま、狭い価値観の中で、一定の状況下で都合がいい状況でないことを「人として間違っている」とざっくりと言ってしまうことがあります。そのような状況に陥らないために、真の課題は何であるのか、具体的に分析し、掘り下げる必要があります。また、そもそも「完璧な人間」というものは存在し得ないのだから、謙虚で寛容な姿勢もまた大切です。

そもそも、「必要な知識・技芸を身につける」ようにすることが教育の主な部分です。「身につけてもらうものは具体的に何か」「身につけるのに効果的な道筋はどれか」「しっかりと身についたか」を着実に確認する必要があることも忘れてはいけません。